【花札の由来】柳に小野道風は“後から来た”|走る男の札が「定九郎」と解釈されていく道筋

柳に男を読んでからの方が分かりやすいです。

※この記事は、公開されている解説(博物館・公的機関・辞典・専門解説)に基づいて整理します。

「11月の柳=小野道風」は、いま一番よく見る“標準”の顔。
でも、柳の札の歴史をたどると、最初から道風だったわけではありません。

古い系統では、柳はまず 雷雨の中を走る”名のない男(奴)”として描かれ、
のちに「それは斧定九郎だ」と見立てられた時期があり、
さらに 八八花札の図像が固まる過程で“蛙を見る小野道風”へ定まっていった――そんな流れがあります。
参考:(三)後世の花札図柄との異同 (一)「八八花札」の図像の確定  日本かるた文化館

この記事は、何も知らない読者でも迷子にならないように、
「登場人物(=登場する“顔”)」を先に紹介しつつ、歴史の流れを一本につなげていきます。

目次

先に結論:柳の光札は「雨の表現」が主役で、人物の名札が入れ替わってきた

日本かるた文化館は、八八花札の図像が確立していく中で、
柳の光札が 「夕立の稲妻の中を走る奴」→「時雨の降雨の中にたたずんで蛙の跳躍を見る小野道風」へと定まった、
と伝えています。
参考:(一)「八八花札」の図像の確定 – 日本かるた文化館

つまり、「人物が誰か」は時代によって変わる。
でも、どの段階でも柳はずっと “雨の札”として磨かれてきた――ここが柳札のいちばん面白いところです。

0.5人目:柳に走る男(名なし)

一言で言うと、
この札の主役は「雨」です。

走っている人物は、
雨の激しさと動きを見せるために置かれた“モブ”
——雨の中を走らせるためのエキストラ、と読めます。

日本かるた文化館は、
古い柳の人物を「雷雨の中を走る奴(やっこ)」という図像として扱っています。日本かるた文化館

この段階では「誰か」よりも、雨の激しさ・動きが主役
顔がはっきりしないのも人物紹介というより “天気(時雨・夕立)を見せる演出”として配置されているから、
と読める余地が大きい札です。

今の「柳に小野道風」の絵柄からは、「なぜ柳=霜月(旧暦11月)なのか」を読み取りにくい面があります。
(燕や蛙は春の印象が強く、雨の質感も“時雨”というより柔らかな雨に見えるため、自然に読めば「春」になります。)

一方で、この“走る男”の柳は「時雨(激しい雨)=霜月」という季節感が絵の中心にあり、
旧暦11月の札としての理由が、図柄そのものからはっきり伝わってきます。

燕や蛙は「春」?という方用の季語や単語根拠まとめ(クリックすると開きます)
  • 燕は春(仲春)の季語(=春の印象が強い根拠のひとつ):きごさい歳時記
  • 蛙(かわず)も春(三春)の季語(=春の印象が強い根拠のひとつ):きごさい歳時記
  • 時雨は初冬(冬の初め)の季語(=霜月らしさと結びやすい根拠):きごさい歳時記
  • 霜月=旧暦11月の異称(用語の根拠):コトバンク

まず混乱防止:斧定九郎(おのさだくろう)って誰?

斧定九郎は“図柄の正体”というより、
図柄の読みが変わっていく過程で言葉として入り込んだ可能性がある名前です。

いきなり名前が出てきて混乱しがちですが、
斧定九郎(おの・さだくろう)は
「雨の中を走る男の札=定九郎では?」と結びつけて語られたことがある人物です。

まずは「歌舞伎(『仮名手本忠臣蔵』五段目)に出てくる盗賊役で、
ほぼ無言、台詞は『五十両……』くらい」という理解で置いておけば大丈夫です。
文楽編・仮名手本忠臣蔵|文化デジタルライブラリー

“雨中を走る人物=斧定九郎モデル”説は難しい?

ただし、日本かるた文化館さまは、
この“雨中を走る人物=斧定九郎モデル”説を疑問に思っていて「モデルにはなり得ない」と整理しています。
理由は年代差です。

「忠臣蔵初演(寛延元年=1748)より前、
宝永年間(1704〜1711)にはすでにこの人物が雨中を走っている」と述べ、
定九郎がモデルになり得ないことを明確にします。
(三)後世の花札図柄との異同 – 日本かるた文化館

『忠臣蔵』の「チュウシン」が、遊びの呼び名に入っていった可能性

では、なぜここで斧定九郎(おの さだくろう)の名を出したのか。

それは「雨の札の人物=定九郎かもしれない」と語られ、
この名前が広まったこと自体が、花札の遊び方や呼び名に影響を与えた可能性があるからです。

ここで前提として、
この記事で扱っているのは「柳の光札=雨の中を走る男」の系統です。

もし「シシボチュウシン」の「チュウシン」が、この柳の光札(=走る男)を指して呼ばれていたのだとしたら――。

その“チュウシン”という呼び名は、
『忠臣蔵』の登場人物として知られる斧定九郎のイメージ(=忠臣蔵文脈)と結びつきながら定着していった、という見方もできます。

つまり重要なのは、斧定九郎が「本当にモデルだったか」ではなく、
「斧定九郎」という名前が
一度“雨中を走る人物”と結びついて広まったことで、
後から遊びの呼び名や理解の枠組みに組み込まれていったかもしれない、という点です。

※ここは“そういう流れが起きた可能性”の整理であり、断定ではありません。一次資料がない筆者の推測を含みます※

「おの」つながりで解釈が移っていく、という村井省三の仮説

また、この定九郎説に触れている人物として村井省三が挙げられ、村井は「おの」つながり(斧定九郎 → 小野道風)で解釈が移っていく、という仮説まで紹介しています。

出典としては、村井省三「花札の移り変わりに見る遊びの文化 花札のアラカルト③ 道風と定九郎」(『花の手帖』1983年早春号)などが注で示されています。
※筆者は当該誌を未見のため、ここは二次資料からの孫引きです。

走る男は、いつから「定九郎」扱いされたの?

はっきり言える範囲だと、
遅くとも1974年(昭和49年)12月には、
柳の光札(雨の中を走る男)を『忠臣蔵』の斧定九郎として読む説が、活字で確認できます。
日本かるた文化館が、森田誠吾「雨の花札」(『ちくま』第69号)を根拠として挙げています)

また日本かるた文化館は、
この見方が「もてはやされたことがある」と書き、主唱者として村井省三の名も挙げています。
つまり「定九郎」は、最初から決まっていた正解というより、
後から人気が出て広まった“読み方”だと整理できます。

では、どうやって「柳に小野道風」が定着したの?

柳の光札の“決定的な変化”として、日本かるた文化館はこう書きます。

八八花札の図像が確定していく過程で、柳の光札は
「夕立の稲妻の中を走る奴」から
「しとしと降る時雨の中にたたずんで蛙の跳躍を見る小野道風」へ定まった。

整理をすると、

1.もともとの柳は「雨の勢い」(夕立・稲妻・走る)を見せる札だった
2.後に定まった柳は「雨の気配」(時雨・しっとり・見つめる)へ寄った
3.でも 柳・傘・水気という“雨らしさ”はずっと残った

つまり、柳札の主役は「雨」。
人物は、その雨をどう表現したいかで“選ばれていった顔”なんです。

蛙飛びから先の分岐(道風が三人になる話)

「蛙飛び」は、小野道風を語るときによく出てくる言葉なので、ここで先に“共通部分”だけ押さえておきます。

蛙飛び=柳の枝に飛びつこうとする蛙を、道風が雨の中で目にする(見せ場になる)場面のこと。
まずはこれだけ覚えておけば大丈夫です。

なぜこの説明を道風の話の時に入れないのかというと
——小野道風の描かれ方には大きく複数の系統があり、
その都度「蛙飛び」を説明すると同じ話を何度も繰り返すことになって、読む側が疲れてしまうからです。

さらにややこしいのが、
この「蛙飛び」自体も、
後世の物語化・劇化(歌舞伎の場面、教訓としての場面など)によって“意味づけ”が分岐していく点です。

たとえば「帝位の危機を悟る」場面になったり、
「蛙を見て努力を決意する」場面になったり……
同じ“蛙飛び”でも、語られ方によって道風という人物像が変わってきます。

なのでここでは、蛙飛びを最初から「教訓の話」と決めつけず、
いったん “雨の中で、柳に跳ぶ蛙を道風が見る” という骨格にだけ留めておいてください。

そこから先の解釈は、どの系統の道風を語るかによって枝分かれしていきます。

参考:小野道風 – Open GadaiWiki 柳に蛙 | 茶の湯辞典

小野道風①(史実の道風)

一言でいうと、静かに強い“本職の天才”。

史実の小野道風は平安時代の能書家です。
能書家=ざっくり言うと**「字がめちゃくちゃ上手い人(書の達人)」**のこと。京都市情報館

そして道風は、藤原佐理・藤原行成と並ぶ「三跡(さんせき/三蹟)」の一人として知られます。
三跡=平安の“日本書道のスター3人”みたいな括り、と思ってOKです。京都市情報館

ここは性格を断定するよりも、筆跡の“気配”で魅力を立てるのが安全で強い。
たとえば、東博の解説では道風34歳の筆を「肉厚で豊潤でありながら緊張感がある」タイプとして説明しています。e国宝

静かなのに、主役。それが史実の道風です。

小野道風②(芝居『小野道風青柳硯』の道風)

一言でいうと、弱点込みでドラマを背負う主人公。

蛙飛びからの分岐
蛙を見て:「努力の話」じゃなく、”兆し”として読む
どう動く:そこから 帝位の危機を悟る(サスペンス寄りの見せ場になる)

『小野道風青柳硯』は、道風の事跡を題材にしつつ、奔放な構想で展開する人形浄瑠璃(のち歌舞伎でも演じられる系統)として説明されます。コトバンク

この芝居の面白さは、能書家であるはずの道風を、あえて「無筆」にするという逆張りが入っているところ。
無筆=ここではシンプルに 「字が書けない(読み書きができない)設定」です。コトバンク

天才のはずなのに書けない。
だから、蛙飛びの場面もまず “状況を読む目が鋭い男”として見せ場になりやすい。

(※この作品の説明文の中に、傘をさした道風が柳に飛びつく蛙を見て危機を悟る、という“絵柄を生かした見せ場”が書かれています。コトバンク

参考:小野道風青柳硯(おののとうふうあおやぎすずり)とは? 意味や使い方 – コトバンク

小野道風③(教訓話の道風)

一言でいうと、良く知る“努力の象徴”になった道風

蛙飛びからの分岐
蛙を見て:「まだ足りない」と自分を奮い立たせる
どう動く:あきらめず 努力を続ける決意に切り替える(王道の教訓になる)

柳の枝に飛びつこうとして何度失敗しても、諦めず跳び続ける蛙。
それを見て道風が「努力の大切さ」に気づく――この形が、いま最も広く知られる道風像です。

ここでの道風は「史実の性格」っていうより、雨の日の自分を励ますための 象徴として働く人物
柳札の湿った空気が、「説教くささ」じゃなくて、”今日はもう一回だけやるか”に変わる。

参考:見立小野道風 文化遺産オンライン

(寄り道)斧定九郎(破れ傘の色悪)

一言でいうと、雨の闇に映える“完成された色悪”

斧定九郎は『仮名手本忠臣蔵』五段目に出てくる人物で、「夜道で金を奪う側」。
性格を長々と語られるタイプじゃなくて、舞台に出た瞬間の 見た目と気配で空気を支配する雰囲気です。

定番の姿は、黒っぽい着付けに刀、そして 破れ傘
しかもこの“色悪感”は、舞台史の中でどんどん磨かれていったと言われています。

だからこそ、柳札の「顔がはっきりしない雨の男」を誰かに見立てようとしたとき、
破れ傘の定九郎は当てはめやすい名前になる。
ここを押さえておくと、迷いにくいです。

たぬき(おまけ:越後小花の柳)

一言でいうと、柳が“人物”から離れて愛嬌に振れた分岐

越後小花(越後の地方花札)などの系統では、柳の札が**豆狸(たぬき)**になることがあります。

人間が消えるぶん、柳の世界はぐっと軽くなって、雨が「怖い」より「面白い」に寄る。
笠をかぶっているせいで、一瞬「雨に走る男」っぽく見えるのに――よく見るとしっぽが見えて、「あ、たぬきだ!」と感じる。この“二段オチ”がかわいい。

しかも越後小花は札自体が小ぶりなことも多く、図柄の豆狸がさらにちょこんとして見えるので、愛嬌が加速します。

そして何より、ここでもキーになるのは
走る男とも、道風とも、同じ雨の世界に立っている手触りがちゃんと残っている。
そのため、柳の光札の一員として成立しているのが魅力です。

まとめ:柳の札は「雨の表現の変化」の魅力がある。

  • 古い柳には、まず 雷雨の中を走る名のない男(奴)がいる日本かるた文化館
  • その人物が 斧定九郎だと見立てられた(もてはやされた)時期がある。ただし年代から起源にはなり得ない日本かるた文化館
  • 八八花札の図像が固まる中で、柳の光札は 走る奴→蛙を見る小野道風に定まっていく日本かるた文化館
  • 地方札では 笠の豆狸という分岐もある日本かるた文化館

人が変わっても、残るのは雨。
だから柳札は、歴史を知るほど「雨の絵としても、人物の物語としても」好きになれます。

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この記事を書いた人

今はゲームシナリオを書いている者です。最近社内DXアプリ開発も楽しい。
花札がとても好き。アナログゲームを嗜む脚本家、小説家、人狼もマダミスも好き。

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