花札は、12か月それぞれに花や草木が割り当てられ、各月4枚ずつで季節を表す遊び札です。
7月札「萩に猪」は、
秋の花:萩と秋の獣:猪を
「臥猪の床」がひとつの景にまとめる札。
※図柄の「直接の起源(これが元ネタ!)」は断定できない部分があるため、本記事では“資料で確認できる意味(象徴)”を土台に、自然な読みを提示します。
7月の札は「夏の終わり→秋の入口」を一枚に圧縮している

7月の札は「夏の終わり→秋の入口」を一枚に圧縮している
萩
秋の七草の筆頭。
万葉の人が愛した“秋の花”。
(秋=切なさが滲む、静かな気配)
猪
野の荒々しさ/作物を荒らす獣の気配。
古典では、猪すら“言葉”で優しくなる(=臥猪の床)という発想がある。
この2つを同時に置くことで、7月札は「秋の野の静けさ(やわらかい寂しさ)と、野生(荒々しさ)」が同居する札になっています。
小さな暦コラム:七月に“立秋”が入る?──「7月節」の考え方
「でも現代の7月って真夏じゃない?」と思われるのが、自然です。
ここで効いてくるのが、二十四節気の“月の割り振り“です。
国立国会図書館の解説では、
立秋が「7月節」として整理され、時期はだいたい8月8日頃(=夏の終わりの入口)に置かれています。
つまり「七月=秋の入口」という感覚は、古い暦の見方だとちゃんと筋が通る。
だから7月札を「夏の終わり→秋の入口」と読むのは、暦の上でも相性がいいです。
萩が象徴する「秋の入口」──秋の七草の筆頭で、万葉の花
秋の七草のひとつで、万葉集では140首余に詠まれ、最も愛された花である。
國學院大學(國學院大學デジタル・ミュージアム/研究資料・収蔵品データベース)の「はぎ」

萩は、秋の七草を詠んだ有名な歌(山上憶良)でいちばん最初に置かれる花です。
秋の七草は山上憶良が万葉集の中で初めて詠んだものなのです。
憶良はまず「秋の野の花を数えたら七種あった」と言い(巻8・1537)、次の歌(巻8・1538)でその7つの花を伝えます。
七つの花は「いま何の植物?」
萩(はぎ):ハギ類(秋の野の代表格)
尾花(おばな):ススキ(穂を“尾”に見立てた呼び名)
葛花(くずはな):クズの花
瞿麦(なでしこ):ナデシコ
女郎花(をみなへし/姫部志):オミナエシ(万葉では表記ゆれあり)
藤袴(ふじばかま):フジバカマ
朝貌(あさがお):ここだけ“何の花か”が議論になりやすい
万葉集の「朝貌」は、現代の園芸アサガオ(ヒルガオ科)ではなく、別の花(特に“キキョウ”説)が有力とよく説明されます。
理由としては、万葉集の別歌(巻10など)で「朝貌」が夕方の光の中で映えるという趣旨で詠まれていて、一般に想像する“朝に咲いてしぼむアサガオ”と噛み合いにくい、という指摘がよく挙げられます(=名称が現代とズレている可能性)。 参考:山上の憶良と「秋の七草」PDF
猪が象徴する「荒々しい秋」──秋の季語としての猪、そして“野の暴れ”
猪は辞書項目でも「季語・秋」として扱われています。
歳時記でも「猪=晩秋」として整理され、田畑を荒らす存在として説明されがちです。
でも――そこが7月札のいちばん綺麗なところ。
萩が「静かな秋の入口」を開くなら、猪は「野の荒さ=現実の秋」を連れてくる。
風情だけじゃなく、土の匂いまで一緒にやってくる感じです。
そして面白いのが、「臥猪の床(ふしいのとこ)」という言葉。
恐ろしいはずの猪が、呼び方ひとつでふっと柔らかくなる。
荒々しい現実を、ことばがそっと撫でてしまう――そんな“言い換えの魔法”まで、この札には入っています。
徒然草が言う「臥猪の床」──怖い猪が、言葉で“やさしくなる”

徒然草・第十四段の一文、ここが本当に「萩に猪」の芯です。
個人的に大好きな徒然草 第十四段の現代語訳 吾妻利秋さんのnote
徒然草では、和歌の面白さとして、恐ろしい猪ですら「臥猪の床」と言えば優しくなる、という趣旨で語られます。
そしてこの「やさしくなる」は、7月札の読みを一段深くします。
猪は、荒々しさの象徴であると同時に、萩が入ることで”和歌的な優しい意味合いを持った猪”にもなる。
「臥猪の床(ふすいのとこ)」って、結局なに?
辞書(日本国語大辞典系)では「臥猪の床」は、ざっくりこう説明されます。
猪が、茅・葦・枯草などを敷いて寝ている所
さらに転じて、人が野宿用にそれを真似して作った床
あるいは、猪そのものを指すこともある
」って、結局なに?-1024x538.webp)
画像:MFABoston
アイエムインターネットミュージアムには
歌川広重の「萩に猪」の作品があり、
これに「猪が萩などを倒してつくる寝床を臥猪の床」と記載があります。
参考:アイエムインターネットミュージアム
ただの“獣の寝場所”じゃなく、草を敷いて整えられた場所=ちょっと生活の感がある言葉です。
そのため、「臥猪の床」と言った瞬間、怖さが「暮らしの景」へ寄って、やさしく見えるのかもしれません。
臥猪の床の最古級の用例:後拾遺和歌集(1086)・和泉式部の歌
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「臥猪の床」の初出実例として、辞書が挙げるのがこれです(後拾遺和歌集・恋四)。
歌の意味は”猪は寝床が心地よくて安眠するらしいのに、私は恋で眠れない”という対比。
つまりこの時点で、猪はただの暴れ獣じゃなく、人の感情を映すための「景」として働いている。
札の猪が「怖い」だけでは終わらない根っこがあります。
そして、「臥ゐの床」=「臥猪の床」を説明なしに使っていることから、
この単語は平安後期からすでに使われていることが推測できます。
なぜ「萩×猪」で“秋の入口”を表現したのか

萩は、山上憶良の「秋の七草」の筆頭に置かれる花で、古典の秋を代表する存在です。
しかも万葉集では、梅や桜より多く詠まれるほど愛された、という話もあります。(首数は資料により揺れますが、萩が突出して多い点は共通)。
一方の猪も、歳時記的には「秋」の動物として扱われます。
つまり「萩に猪」は、秋の花(萩)+秋の獣(猪)で、野の気配が一枚で立ち上がる組み合わせ。
さらに、徒然草の視点をいれると、
荒い野の獣(猪)を、やわらかな言葉(臥猪の床)が包んで、秋の穏やかな入口が表現されます。
どうして花札の萩が“萩っぽくない”の?──小さい札は「記号」が勝つ

萩の花は、花札俗語では通称「赤豆」と呼ばれます。
では、元の花は「赤豆」ではないのにどうしてこの形になっているのでしょうか。
それは、花札のイラストは記号化されやすいからです。
花札の絵は小さいので、植物図鑑みたいに「萩の蝶形花」や細い枝ぶりを写実で描くと、潰れて読めなくなる。
だから絵としては、細部の正確さより、一瞬で“萩=秋の野”が分かる要素が優先されやすい。
しかも萩はマメ科で、花の形も「蝶形花」と説明されます。 参考:nippon.com
札の上で、花や葉がやや“豆っぽい記号”に寄って見えるのは、写実というより「萩だと読める形」に最適化された結果——そう捉えると「赤豆」にも納得がつきます。
まとめの一文
7月の猪は、ただ荒いだけの獣じゃない。
「臥猪の床」と言った瞬間に、怖さが“秋の野の景”へ変わる
——徒然草が示したその変換こそが、「萩に猪」の札が持つ言葉遊びと趣の美しさなのかもしれない。
よくある質問(Q&A)
- 「萩に猪」って何?(意味)
-
花札の7月(文月)の札の呼び名で、絵柄は「萩(はぎ)+猪(いのしし)」。萩の繊細さと猪の荒々しさの対比が、和歌や絵画でも“定番の取り合わせ”として扱われてきました。
- 「萩に猪」の読み方は?
-
ふつうは 「はぎにいのしし」。文献・解説では「萩と猪」「萩猪(はぎい)」のように言い換えられることもあります。
- 何月の札?(花札)
-
7月(萩)の札です。7月は「萩に猪」「萩に短冊」「萩のカス×2」の4枚で1セットになります。
- 「萩に猪の花」って結局なに?
-
花(植物)は萩(はぎ)です。萩は秋の七草の代表格として知られ、花札でも「秋の気配」を背負うモチーフとして読まれやすいです。
- 7月なのに、見た目が秋っぽいのはなぜ?
-
花札は旧暦を採用しているので、一か月ほどズレがあります。
7月札の萩は、季節が“真夏から秋へ向かう入口”に寄る時期感を一枚に圧縮した意匠として説明されがちです。特に「萩×猪」は、昔から“まとまった情景”として定着している組み合わせだから、秋の入口として読ませやすいです。あわせて読みたい
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-
臥猪=伏せて休む猪のこと。萩や萱を倒して寝床にするイメージから、「臥猪の床(ふすいのとこ)」という言い方があり、「萩と猪」がセットで語られる背景にもなっています。
- 「萩に猪 図案」って、絵柄は全部同じ?
-
大枠(萩+猪)は共通ですが、メーカーや地域札で細部が変わることがあります
- 萩に猪ではなく、牡丹に猪では?
-
※猪は「牡丹鍋(しし鍋)」の別名から、文学や俗称で“牡丹”に見立てられることがあります。
ただし花札の図柄としては、7月は「萩に猪」(萩+猪)です。 - 「萩に猪 焼酎」って何? 花札と関係ある?
-
花札とやや関係あります。
「萩に猪」は花札7月札の呼び名で、その札絵をラベルに使った芋焼酎が実在します。
商品名にも札名が採用され、味わいイメージ(武骨・猪突猛進)を重ねています。
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